プロフィール

ナリシゲと申します。

Webのことなら何でも知ってるというWeb屋より、振り幅の広いWeb屋でありたいと思います。

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自己紹介

1969年(昭和44年)5月 福岡県北九州市で生まれる

生まれは北九州市小倉北区三萩野です。

あまり裕福な家庭ではありませんでしたが、比較的のびのびと育ったように思います。反抗期も特にありませんでした。

野球好きの父親の影響で、小学生のときに何となく(無理矢理?)ソフトボールを始めます。(当時は少年野球のチームも少なく、小学生は皆ソフトボールをしていました)

勉強ができたので遠くの中学校に行くという選択肢もあったのですが、結局近所の公立中学へ。校内暴力が盛んな中学校でしたが、大きなトラブルに巻き込まれることなく無事卒業しました。

高校に入学

高校は名門・小倉高校へ。野球も(当時は)強く、勉強もできる、いわゆる「文武両道」の学校です。

野球部に入部したのですが、そのレベルの高さと上下関係にかなり苦労しました。練習はそれなりに頑張ったのですが、センスの無さは如何ともし難くほとんど出番無しで3年夏に引退。それでも、甲子園で優勝経験もある名門校で、2試合だけとはいえ背番号1(エースナンバー)を着けられたことは良い思い出です。

練習漬けの毎日でしたので、勉強はほぼ放置。定期テストの順位は常に下から20%以内でした。そんな順位で志望校に受かるわけもなく、浪人が決定。ミーハーなので地元の北九州予備校には行かずに、博多駅前の代々木ゼミナール博多校に行くことにしました。

大学に入学

代ゼミ博多校で1年間学んだ後に、明治大学商学部に入学。念願の東京です。

野球から離れたかったこと、異性の友だちがたくさん欲しかったことなどから、テニスサークルに入ります。少しはモテるかと思ったのですが、4年間全くモテませんでした。サークルでのニックネームは「ジンナイ」。今の姿からは想像もできませんが、当時は俳優の陣内孝則にかなり似ておりました。

アルバイトはマクドナルドで4年間続けました。原宿の竹下通りを入って左側にあるお店です。こっちではそれなりにモテました。仕事内容が自分に合っていたのか、大学4年のときにはスウィング・マネージャーとしては当時の(たぶん)全国最高時給に。そのまま日本マクドナルド株式会社に就職することも考えましたが、外食産業で働き続けるイメージが湧かなかったので、普通に就職活動をしました。

テレビ業界/ラジオ業界を中心に精力的に就職活動を行いましたが、バブル崩壊により大苦戦。最終的に、専門商社へ就職しました。元々志望もしていない業界でしたが、一部上場企業ということで自分を納得させ、入社しました。

働き始める

志望もしていない業界での仕事が長く続くはずもなく、専門商社は2年半で退職。退職時に住んでいた名古屋で通信カラオケの会社に就職するも、短期間で退職。お笑い芸人を目指し東京に戻ります。

しかし、芸歴を持たない27歳が芸人になれるほど世の中は甘くありません。芸人を目指す活動と並行しながら出来るようなアルバイトを始めたのですが、色々あってアルバイトではなく正社員として働くことに。今思えば、その会社の社長さんが私に引導を渡してくれたのでしょう。

その会社は化粧品の販促スタッフをスーパーやドラッグストアに派遣する派遣会社で、登録スタッフには食えない芸人や芸人の卵が多数在籍していました。私は「芸人を目指す立場」から「芸人を目指す若者をサポートする立場」になったのですが、どうもこの立場のほうが自分には合っていたみたいです。スタッフのスケジュール管理、悩み相談から新規スタッフの採用面接まで、幅広い業務を担当していました。

しかしながら、実家の母親が体調を崩したことで、ここで一旦故郷の小倉に戻ることに。昼はアミュプラザ小倉の新星堂で働きはじめます。新星堂ではインストアイベントのMCも担当し、さらに仕事の幅を広げていきました。夜は家業の飲食店(焼き鳥屋)の手伝い。初めて父親と一緒に働きました。週1回ほど、高校時代の野球部の同級生と早朝野球をするなど、久しぶりの地元での生活は悪くはなかったのですが、同時に物足りなさも感じていました。

そこでパソコンを購入し、インターネットと出会います。このときに作ったホームページ(ネットアイドルのリンク集)がきっかけで、デーモン閣下と大河内奈々子さんがMCをつとめる番組(名古屋テレビ)へのゲスト出演や、KBC「ドォーモ」へのコーナー出演、その他取材協力も多数行うなどしたことで、インターネット上を中心とした活動を強く意識するようになりました。

そしてテレビ番組(CS放送)制作の協力を持ちかけられ再上京するも、番組は2ヶ月で終了。話を持ち掛けてきた人間に根も葉もない噂を流されるなど、いきなり苦境に立たされます。その後、この苦境を救ってくれた方が経営するデザイン会社で、Web制作や映像(CS放送の番組やMV)制作の仕事に就きました。タレントさんやコスプレイヤーに囲まれながらの仕事はそれなりに楽しかったのですが、年収180万円では自由に生きることもできずに退職。

そして2002年(平成14年)にソフト・オン・デマンド株式会社に入社します。Web制作スタッフとしての採用でしたが、社内の人間関係をうまく構築できたことで2006年(平成18年)にはWeb事業とコンテンツビジネスを担当する執行役員に。年間10億を売り上げる部署でのマネジメントは貴重な経験です。しかし、その後上司の退職により後ろ盾を失い傍流に。メンタルヘルスに不調をきたしたことで退職しました。

フリーランスに

体調が回復した2008年にWeb制作・運営サポートをメインとし、個人事業主として開業しました。途中、契約社員、派遣社員との兼業も行いましたが、どの立場でも一貫してWebサイト・ECサイトの制作・運営に携わっています。これまでにお受けした主な仕事についてはこちらのページにてご確認ください。

2013年3月にはやくみつるのそっくりさんとして「笑っていいとも!」そっくりさんカーニバルに出演し箱根宿泊券を獲得。学生時代に陣内孝則似だった人間が、30年近く経ってやくみつるへと変化していきました。

また、2016年からはフリー素材サイト「ぱくたそ」でフリー素材モデルとして活動を開始するなど、「Web制作事業者」の枠にはまらない活動を心がけています。

Webのことなら何でも知ってるというWeb屋より、振り幅の広いWeb屋でありたいと思います。

東京と北九州市の2拠点生活を目指す

2017年5月に書いたブログ記事(「地元に対する歪んだ愛情を全力でぶつけたい。RETRIPのクソ記事滅びろ」)をきっかけに、2017年6月、 「北九州市を正しく伝えるブログメディア」キタキュースタイルを立ち上げました。以降、定期的に帰省して情報収集を行いながらキタキュースタイルの運営を行っています。

2020年までには、東京と北九州市の2拠点生活を実現したいと考えています。

ご相談・お問い合わせ・お見積もりは無料です。
ホームページのことでお困りの方は遠慮なくご相談ください。
御社の状況に合わせ最適なご提案をいたします。

ご相談・お問い合わせ

運営サイト(ブログ)

その他の活動

  • フリー写真素材サイト「ぱくたそ」でフリー素材モデルとして活動中
  • 「笑っていいとも!」そっくりさんカーニバル出場(2013年3月)

事業者概要

事業者名 エイビス
代表者 成重 敏夫
所在地 東京都大田区/福岡県北九州市
(いずれも住居兼事務所となっております。お取引の際、必要に応じ公開いたします)
連絡先 東京都大田区/福岡県北九州市
kaizen@a-bis.net
事業内容 ホームぺージ(Webサイト)運営に関するコンサルティング
ホームぺージ(Webサイト)の制作
Webライティング
各種セミナーの企画・運営
メディア運営

プライバシーポリシー

  • 個人情報の利用目的をできるだけ特定し、特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて利用することはありません。
  • 個人情報を偽りその他不正な手段による取得しません。取得したときは、本人に速やかに利用目的を通知又は公表します。
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  • 個人情報の漏洩や滅失を防ぐために、必要かつ適切な安全管理措置を講じます。
  • あらかじめ本人の同意を得ないで第三者に個人情報を提供することはありません。

※ただし、法令に基づく場合、人の生命、身体又は財産の保護に必要な場合、公衆衛生・児童の健全育成に特に必要な場合、国等に協力する場合は除きます。

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